ヒルデガルト・フォン・ビンゲンーその2 生き様


ヒルデガルドは、神聖ドイツ帝国で地方貴族の10番目の子として1098年に生まれました。

当時の平均寿命が50歳を遥かに下回るなか、彼女は1179年まで生き、81歳でその生涯を閉じた中世ドイツのベネディクト会系の修道女です。

彼女は、精霊によってヴィジョンをみるということを当時の教皇と皇帝に認められた、ある意味、非常にラッキーな女性であったとも言えます。

ヴィジョンは、ローマ教皇エウゲニウス三世により神からの啓示として、皇帝がキリストの名において司教の賛同のもと「認め、許可する」としたことから、ヒルデガルドは、教会の歴史上、初めて女性として「書くこと」を許されそれを公文書にしてよいとされたわけです。

晩年、ドイツ王国各地で説教旅行を積極的に行い、67歳で2つ目の修道院を購入し、貴族でない女性も受け入れ、病に苦しむ多くの人を助けました。

彼女の生き様を語った、映画「ヒルデガルド・フォン・ビンゲン-ヴィジョン」で、

Self-Determination is a God-given right.

自分のことを自分で決めるのは、神から与えられた生まれながらの権利です!

と主張する場面があるのですが、

身の危険も顧みず、正直で忌憚のない意見を、当時の教皇や国王など地位のある人に対し、臆さず発言したことでも知られていて、そうした生き様も伝説となっています。

エコロジーと女性性が大事なことであると提唱した、エコフェミニズムの草分け的存在であり、

近年になって、2,012年、教皇ベネディクト16世によりカトリック教会から女性として史上4人目の教会博士の称号を授けられました。

 

情報操作が行われ、女性蔑視が当たり前の時代背景のなか、自分の良心に対して誠実に、教会の不正に対して戦った聖女ヒルデガルド:

彼女の予言的な記述も意味深なところがあり、そのようなことから、激動の12世紀を生き抜いた聖女ヒルデガルドの精神が現代に蘇ったように、取り上げられるようになってきたのでしょう。

彼女は、ヒーラーであり、同時に神秘主義者、預言者、音楽家、神学者、説教者、宗教劇の作家、伝記作家、言語学者、詩人、治療家であり、多方面での実績を残しました。

もしかしたら、ラベンダーの薬効を最初に提唱した人とか、小麦の原形であるスペルト小麦をパワフルな食材として重用したことで、よく知られているかも知れません。

ホリスティックヒーラーとして、また、有名なViriditas(ヴィリディタス)=緑の癒やしのパワーという言葉を生んだことから、自然療法に親しむ者にとっては、医聖ヒポクラテス、ガレノスの流れを組む、偉大な師でもあるわけです。

ヒルデガルトは、心と体は一体であるという考え方に基づいてメディカルハーブやスパイスを食材として活用し、その治療特性を深く追求して広めました。

ドイツでは、薬草学の祖といわれ、彼女の書物は、植物療法の原点として今もなお大変重要な意味を持っています。

心と体、魂のつながりについて、また、薬草療法や生き方の指針などがその著書「医学と自然学」や「病因と治療」の中で詳細に語られています。

宝石についても、ヒルデガルトは、「宝石は人間にとって薬の宝庫だ」と絶賛

ヒルデガルト自然療法家の第一人者であるシュトレーロフ博士は、「自然の力を秘めた宝石は、他のどんな薬よりも深く精神的な領域に入り込むことができる」として、他に手だてが見つからないときは、ヒルデガルトの宝石療法を試してくださいと推奨しています。

ヒルデガルトの23の宝石学では、石の成長する時間が鍵となって、宝石の皮膚、感覚器官、魂への作用を具体的な適応例と実践例で知ることができます。

音楽については、ヒルデカルトは、自分が幻視聴した、“天界の音楽”を譜面に移し、幻想的な聖歌をたくさん創作しました。作曲技術についての知識も殆どないまま、歌は天と地を統合し調和させるものと語りました。

彼女の音楽は一種の心の治療薬ではないかと思うほど、いまでは、ほとんどがCD化され簡単に聴くことができます。

合唱を二つに分けて歌う「交唱(アンティフォナ)」の曲が43曲、「応唱(レスポンソリウム)が18曲で、大半を占めています。代表曲をじっくりと聴いてみると、偉大な静けさの音楽、聖なる平安の音楽だとわかります。

非人間化が進む都市部での生活で、多くの人が、意識的であるか否かに関わらず、ヒルデガルドの精神を志向しているのでしょう。


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